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項背および肩のこり



藤井 美樹   日本東洋医学会/常務理事

 こりと痛みというテーマで, 2回にわたりお話しすることになっておりますが,項背および肩のこりをその一とし,項背および肩の痛みをその二といたしまして,本国は項背および肩のこりについて,肩こりを中心に漢方治療のお話をいたします。  ひと口に肩こりといいましてもいろいろな程度がありまして,簡単なものでは,ちょっとこっただけで,一晩十分な睡眠をとりますと翌日はケロッと治ってしまうというものから,長年がん固な肩こりが続いていて,ぃろいろと治療を受けていてもなかなかすっきり治らないという方もいます。近年,病気でない病気ということがいわれるようになりまして,病気かといえば病気でもない,また半健康などという言葉も出ていますが,肩こりもそういうものの中に入っております。  肩こりを起こす病気というものはいろいろありまして,かぜを初め呼吸器系の疾患,消化器系の疾患,高血圧などの循環系の疾患,婦人科的な疾患など,いろいろな病気の場合に肩こりが見られます。したがって,その原因は複雑であるということができます。  漢方では,肩こりという症状を問診して証を決める時に,時によってはどちらの肩がこるか(右か左か), あるいは両肩がこるかどうかということ, それからまた項のところからどういう方面にかけてこるか,というふうなことをきめ細かく尋ねます。  そして,どちらかといいますと,漢方では肩こりを得意とするところといってよぃと思います。 漢方の治療が適切に行なわれますと,肩こりから開放されるのみならず,肩こりを起こしている原因疾患というものもかなりよくなるというケースが多いのであります。  もちろん,なかには非常にむずかしい病気の場合がありまして, うまくゆかないこともあります。

肩こりに対する薬方 以下に肩こりの場合に割合によく使われる薬方をあげて,症例のいくつかをお話しいたしましょう。 まず葛根湯ですが,これは有名な漢方の処方でありまして,落語にも出てくるくらい知られておりますが,証さえつかめればそれくらいにいろいろな病気に使えるということであります。葛根湯は『傷寒論』に出ている処方でありまして,この中の肩こりに適応する時の条文としては,項背がこわばり,汗が出ない,そして悪風(悪寒をも含めるが,悪寒よりちょっと軽いもの)があるものに適していると述べています。葛根湯が効く肩のこりというのは,項のところから背中にかけてこるわけで,解剖学的にいいますと,僧帽筋のあたりにこりを感ずる場合に適しています。病気としては,鼻炎,結膜炎,中耳炎,あるいは歯科領域というように,首から上に病気があって肩がこるという場合に葛根湯が考えられます。   

そして葛根湯は,筋肉の緊張がよく,脈に力があり,太陽病の場合は脈が浮いていて,緊張がよいというのが特色であって,汗が出ていないというのが大事な点であります。おなかの力が弱く,脈の弱い人のこりの場合に葛根湯を与えますと,食欲がなくなり,体が疲れてくることがありますので,注意しなければなりません。葛根湯に限らず,麻黄湯のような麻黄の入った処方は胃腸の弱いタイプで,筋肉の緊張の弱い人には向きません。そういうような弱い人のタイプの肩こりの場合には,桂枝加葛根湯が適しています。これも『傷寒論』に出ている処方でありまして,これは項や背がこわばって,汗が出て悪風するというものに効きます。つまり桂枝湯の証で,それに葛根が加わっているものです。桂枝湯の証というのは,脈が弱くて自然に汗が出るというものです。そして首すじから背中にかけてこるというものが桂枝加葛根湯の証であります。実際には葛根湯を使う率が多いのであります。体力も中等以上の人に適するということからも,一般的な人に使えるということであります。

 症例をあげます。34才の会社に勤めている女の方ですが,長年蓄膿がありまして,それとともに,事務的な仕事のせいですか,首すじから肩がしょっちゅうこっていて,鼻がつまったり,頭が重いというふうな不快な思いをして過ごしていました。みますとおなかにもかなり力があり,脈にも力があります。それで葛根湯を出しましたところ,ある期間は鼻をかんでもかんでも鼻汁がどんどん出てきましたが,その後あまり出なくなりまして,それとともに鼻の形がよくなり,鼻がスースーと通るようになり,前ほど黄色の鼻汁も出なくなり,いやな思いをしていた肩こりから開放されました。この方は約1年半の服薬でよくなりました。

 その次によく使われるのは大柴胡湯であります。これにはタイプがありまして,肥満のタイプで,筋肉のしまりがよく,おなかをみますと胸脇苦満,つまり両方の季肋下に抵抗・圧痛があります。おなかにも力があり,便秘傾向があり,舌をみますと苔がついているというふうな,活動的なタイプであります。そして首すじから肩がこって,マッサージをすると,一時的にはよいがまたこってくるというふうな状態です。大柴胡湯のように柴胡を主役にした薬を柴胡剤といいますが,柴胡剤は一般に首の横の方から肩にかけてこるものに効きます。葛根湯の場合は,項背部からたてにこるのですが,柴胡剤の場合は首の横,耳の後から鎖骨上高あたりまでがこるということが一般的にいえます。

 大柴胡湯が適するタイプの人は,高血圧症があったり,胆石症,肥満タイプで常習便秘であり,そして肩がこるという人に適するわけです。症例は,ある会社に勤めている34~ 5才の方ですが,肩のこりがひどく勤めから帰ると子供に肩をたたかせたり,腹ばいになつてその上に乗って踏んでもらうというくらいのこりようでした。診察しますと,肥満体であり,おなかに力があり,胸脇苦満が著明に両側に出ています。そして舌はまっ白で,タバコを相当吸いますし,血圧が高く,検尿では糖が出ております。この方に大柴胡湯を与えたところ,便通がよくなり,おなかが軟らかくなりました。一方では野菜を食べるように指導いたしました。すると体もほっそりとして,エネルギッシュになり,早くから会社へ出てどんどん仕事ができるようになり,肩から背中にかけてのこりからすっかり開放されたという例であります。

 次にやはり柴胡剤で柴胡加竜骨牡蛎湯というのがあります。これは大柴胡湯が適するようなタイプの人で,よく眠れないとか,イライラするとか,驚きやすいというような神経症状の強い人で,肩がこり,便秘傾向があるというふうな場合に使います。高血圧症があったり,心臓病があったり,神経症があり,肩がこるというふうなものに使います。よく中間の管理職といいますか,上からは命令され,下からはつき上げられてノイローゼぎみになっているという人に適する場合があります。

 次は小柴胡湯ですが,これは中肉中背で中庸を得ているタイプの人で,大柴胡湯の証ほどではないが,胸脇苦満もあって,首の横から耳のうしろ,肩にかけてこるというふうなタイプに適します。これが適するような病気に,胸膜炎があったり,あるいは肺結核,あるいは肝炎,あるいは胸部リンパ節の腫大があって肩がこるというふうな場合に与えます。最近は肝炎が非常に多いようですが,肝炎があって非常に疲れて肩がこる, とくに右の肩がこるという場合に小柴胡湯を与えますと,肩こりがとれてきます。それとともに食物に気をつけてこの薬を飲み続けますと,全身的な自覚症状がよくなり,肝機能検査もよくなってくるケースが多いのです。

 柴胡剤で,虚証の場合に使うものに柴胡桂枝乾姜湯というのがあります。略して桂姜湯といいますが,これもよく使われる処方でありまして,虚証タイプですから血色が悪く,おなかにも力がなく,胸脇苦満もごく軽く,脈も力が弱く,腹部大動脈の拍動亢進があり,背中の方は脊柱と肩甲骨との間がこるというふうなことがあります。これを肩背拘急するといい,こういう特色があります。結核はこの頃は少なくなりましたが,肺結核があったり,神経症があったり,心臓病があったりして,そして疲れやすく肩がこるという場合にこれを与えますと,非常によくなってきます。肩のこりのあった結核の患者さんに,化学療法と併用しながら柴胡桂枝乾姜湯を与えましたところ,化学療法の副作用も起こさずに結核の治療ができた例があります。

 次に延年半夏湯という薬方があります。これは数年前に京都の細野先生が詳細な研究をされて学会誌に発表されましたが,これは左の肩と背中がこるという特色があって,疲れやすく,足が冷えるとか,立った姿勢で心窩部をおさえますと圧痛があるというふうな特色があります。病気としては慢性胃炎があったり,胃潰瘍,あるいは胃下垂があるというものです。証が合うと左の肩と背中のこりから開放されて,おなかの調子がよくなり,元気になってきます。

 次に加味逍遥散という有名な処方があります。これは不定愁訴が多く,のぼせ,頭痛,めまい,足が冷える,疲れる,生理不順があり,そして肩がこるというふうな場合に適します。主として血の道症に用います。この病気は,山田光胤先生の定義によりますと,婦人にのみ起こる病態で,婦人に特有な生理現象と密接に関連して発生する精神・神経障害であり,婦人に特有な生理現象というのは,月経,妊娠,分娩,産褥,更年期がその正常なものであり,流産,人工妊娠中絶がその異常なものであるとされています。これは漢方でいう瘀血に関係ある精神神経症状といってよいのであります。現代医学には瘀血という考え方はありませんから, したがって血の道症の治療は漢方の独壇場であるといってよいくらいであります。世間には, この血の道症で非常に悩んでいる人がありまして,外見は病人らしくないのですが,本人は非常に苦しんでいるという人に加味逍遥散を使って,感謝される例があります。長い間姑につかえて,体の具合が悪いのだけれどなかなかわかってもらえないというような方に加味逍遥散を使い,気分がよくなり,体の状態が整えられて,肩こりからも開放されて,感謝されるという例にしばしばぶつかります。

 次に瘀血に関係あるものとして桃核承気湯というのがあります。これは多いものではありませんが,実証で腹力が充実しており,顔も赤黒く,のぼせて頭痛がして,肩がこるというもので,おなかをみますと少腹急結という瘀血独特の腹診の所見があります。

 次におなかが弱くて,消化器系の病気のために背中や肩がこるという場合があります。この場合には半夏白朮天麻湯という後世方の処方がありますが,これは胃腸が弱く,足が冷える,そして足が冷えると頭が重かったり痛かったりするとか,肩がこるというふうな場合に使う処方でありまして,私の常用処方の一つです。ある50才代の,商売をしている人ですが,前々から胃腸が弱く,肩がこるといつて来られました。足が冷えると頭が重く,首すじが張ってくるということでしたので,これは半夏白朮天麻湯の証だと思って使いましたところ,非常によく効いて,おなかの調子がよくなったとともに,肩のこりからも開放されたということです。半夏白朮天麻湯の証の場合には血圧異常――低い方が多いのですが,時には血圧の高い場合もありまして,こういう場合に使いますと,ちょうどよい血圧になるケースが多いのです。

 話が前後しますが,軽い瘀血の場合に関連ある処方として当帰芍薬散があります。これは水毒体質と申しますが,冷え症で貧血ぎみで,疲れやすく,動悸がしたり,生理不llEがあり,肩がこるというふうなタイプの人に使います。またお産をしたあと体が疲れやすくなったり,めまいがしたり,肩がこるというふうな人にも適しています。不妊症の人にも使いますし,妊娠した時にこれを飲み続けますと,母子ともに元気に過ごせるという非常によい処方であります。

 また消化器の方に戻りますが,半夏瀉心湯という処方があります。これは心下痞硬,つまりみぞおちのところがつっかえてもたれたような感じがあり,時々下痢をしたり,後頭部から項にかけてこるという場合に適しています。これを使いますとおなかの調子がよくなり,それとともに首すじや肩のこりから開放されます。

 症例はある会社の社長ですが,非常に忙しくてあちこち出かけるのですが,おなかの調子が悪く,すぐもたれる,便がゆるむ,首すじがこるという症状で,会合がいろいろあるのですが,おなかの調子が悪くてあまり出られないということでした。みましたところ,心下痞硬がありましたので,半夏瀉心湯を使いました。そうしましたところ,おなかの調子もよくなり,首すじのこりもとれて,会合にもどんどん出られるようになって,仕事の方もうまくゆくようになったということで感謝されました。

 それから六君子湯という薬方は,胃腸が弱く,首すじがこるというタイプの人に使います。

 それから半夏厚朴湯という処方があり,気のめぐりが悪くて首すじや肩がこるということがありますが,気のめぐりをよくすることによってこりを治すという薬です。症例は50才近い婦人で,おなかが張ってゲップが出るということで,家庭的な原因があるらしく,肩がこって苦しいという人に使いましたところ,ゲップがどんどん出ておなかが軟らかくなり,肩のこりがとれて気分が爽快になって感謝された例が最近あります。

 そのほかに時々使う処方として,清湿化痰湯という処方があります。これは色が自く,水ぶとり傾向の人に見られる肩のこりや腕の痛みなどに用いられる処方であります。

 また気うつからくる肩のこりに用いる処方として,烏薬順気散という処方があります。気のめぐりが悪くなり,気がうっ滞して,そのために肩がこってくるという場合に使う処方であります。矢数道明先生の『漢方処方解説』の中に本方の貴重な症例があげられております。

 以上,肩こりを中心にして,項,背中のこりの場合に使われるいくつかの薬方をあげました。大まかにみてゆきますと,首すじ,後頭部から背中にかけてこる場合と,首の横からこる,つまり柴胡剤の場合と葛根湯の場合と,それからまた両方が一緒になった場合,それから左の肩がとくにこる場合の延年半夏湯という処方がありまして,その場合,場合に応じてよく問診をし,そして漢方として脈診,腹診をして,適切な処方を選ぶということが大事であります。以上でこりについてのお話を終わります。

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