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痛風・甲状腺機能障害の漢方治療



 雪村八一郎  横浜ぴおシティ東洋診療所(日本東洋医学会評議員)

 本日は痛風および甲状腺機能障害の漢方治療について申しあげます。どちらも生化学的な検査所見を基にして診断され,これに即して治療されている疾患です。また,これらの病態についての解明は,臨床的には不足がないといえるほど進んでいます。しかし治療に際して細かくみますと,患者個々の体質的な偏りや,治療薬による副作用により,期待される効果が待られなかったり,症状の除去が円滑に行われなかったりすることがあります。こういった場合,漢方治療が活かされてよいと考えます。

痛風の漢方治療

 痛風について申し上げます。痛風の急性関節炎は. 1日以内に完成し,炎症は2-3日で軽減するという,発作ともいえるほど急速な経過をとります。この際患部の関節は激しく痛み,暗紅色に発赤し,腫脹し,触れると熱いことから,漢方では清熱,解毒,去湿,駆瘀の効能のある漢方,そして全身性の発熱を伴い,脈は浮数を伴うことから, 去風の効能のある薬方が用いられます。たとえば越婢加朮湯、桂枝加芍薬知母湯、疎経活血湯などがあげられます。発熱に伴って悪寒がある場合,漢方では風寒が発症に関わっていると考え,たとえ局所が熱状を示していても,温熱薬を用いることがあります。麻黄湯、麻黄加朮湯、桂枝加朮附湯、甘草附子湯、白朮附子湯、烏頭湯などです。

 この急性関節炎の生じる前に,前兆ともいうべき局所の違和感や,熱感のみられることがあります。この前兆期にも,今あげました薬方が有効とされます。 一般に特効薬として用いるコルヒチンには,嘔吐,下痢,腹痛などの消化器症状の副作用があり,消炎鎮痛薬も同様です。消化性潰瘍の合併患者や胃腸虚弱者などに,十分量を投与することができない場合には,漢方療法の併用を考慮されてよいと考えます。

 痛風関節炎の緩解期の治療対象は,高尿酸血症です。尿酸合成阻害剤,あるいは尿酸排池促進剤を選択して投与するわけです。この際,高尿酸血症にしばしば合併する高血圧症,高脂血症,糖尿病,肥満,多血症,瘀血体質に対して漢方治療を行うことで,結果として血中尿酸値が低下し,あるいは尿酸合成阻害剤,排泄促進剤の減量,服用の中止が行える場合があります。これに用いられる薬方の例として,大柴胡湯,桃核承気湯、三黄瀉心湯、桂枝茯苓丸、八味丸、防風通聖散、通導散などがあげられます。

 こういった漢方治療中,肥満患者でなお血中尿酸値が高い場合には,あまりにも強い食事制限が行われていないか,注意が必要です。肥満患者では,極端な減量,摂食制限により代謝が異化に傾き,かえって高尿酸血症を招くことがあるからです。  以上,経験に基づいて痛風についてお話ししましたが,厳密な検定を行った痛風の漢方療法に関する臨床報告がなされるよう期待しております。

甲状腺機能異常の古典的理解

 次に甲状腺機能異常について申し上げます。古書の『本草綱目』には「癭を治するに,動物の靨を用いであり」とあります。癭とは甲状腺腫,靨とは甲状腺のことと考えられ,癭には甲状腺機能亢進症をはじめ,亜急性甲状腺炎,慢性甲状腺炎,腫瘍などが含まれていると考えられます。甲状腺腫に 動物甲状腺を用いるのは,甲状線機能低下症にホルモン補充療法として.つい最近まで一般的に行われた乾燥甲状腺末の投与と同じです。また『普済方』という薬方集には,甲状腺腫に海草を配合した処方を投与することが記されており,これは一面,ヨード剤による治療法に相当するといえます。

 古来このように甲状腺疾患は治療されましたが,現在では疾患のメカニズムがほぼ判明し,これに基づいた治療法が確立しています。したがって治療は現代医学的に行い,後述する問題点などについて,漢方治療を活用することが望ましいと考えます。

甲状腺機能充進症に対する漢方治験成績

 申状腺機能亢進症についてお話しします。

 まず漢方薬単独による治療を行った患者をご紹介いたします。甲状腺機能亢進症の1患者に,漢方薬のみを投与する機会を得ました。短期間でしたが,血中甲状腺ホルモン値は低下しました。また症状の軽減を得ました。 21歳の女性で甲状腺腫,動惨,多汗,軟便があり,近医によりT4直が31μg/dl,T 3値が20ng/dlとして紹介されてきました。当方の初診時,脈拍120,甲状腺腫Ⅲ度,発汗と手足の振戦が著しくありました。T4はこの時35,T 3は1268と悪化しており,ここで炙甘草湯エキスを投与しました。そ して7日後T4は30,T3は900と減少し,次いで柴胡加竜骨牡蛎湯エキスに変更して投与し, 7日後発汗,手足の振戦,動悸は軽減して, T4は26 ,T3は600とさらに減少していました。この後は,抗甲状腺剤, β遮断剤による治療を行いました。

 次に漢方薬併用による治療経験を申し上げます。未治療の甲状腺機能亢進症患者19名を4群に分けて,対照群にはメチマゾール,プロプラノロールによる治療を行い,他の3群にはそれぞれ炙甘草湯,柴胡加竜骨牡蛎湯,桂枝加竜骨牡蛎湯(各エキス剤)の併用を行って治療経過を観察しました。  初診時の血中4値の平均, T3値の平均は,それぞれ各群間に有意差を認めませんでした。漢方薬の投与は,血中T4,T3値が正常平均値,ここではT4が7.7μg/dl,T3が136ng/dlとなるまで行っております。  まず自覚症状の変化について着目しましたが, 自覚症状の14項目,すなわち動悸,息切れ,焦繰感,手足振戦,脱力感,発汗、眼の症状, 口渇口乾,食欲亢進,排便頻数,易疲労感,体重減少,脱髪,暑さに弱いなどについて点数化しまして,患者自身が毎日記録した結果をまとめました。  それによりますと,治療初期の自覚症状の変化は,従来の予想とは異なって,メチマゾール,フ。ロプラノロールだけで治療した場合,自覚症状は治療開始後円滑に消失するものではなく,軽快増悪を繰り返しながら軽減していくことがわかりました。

 しかし炙甘草湯の併用群では,症状が悪化することなく軽快する傾向を示しておりました。さらに,治療初期から甲状腺ホルモン値が正常となった時までの変化をみますと, 対照群と比べまして,炙甘草湯群では有意差はありませんでしたが,症状の軽減がより著しい傾向を認めました。また自覚症状の,先にあげた各項目について検討したところ,炙甘草湯併用群では全例が1週間のうちに息切れ,髪の毛が抜けるなどの訴えが消失しておりました。自覚症状の消失に要した平均日数は, 対照群は44日,炙甘草湯併用群は20日,柴胡加竜骨牡蛎湯併用群は30日と漢方薬併用群の方が短い傾向を示しました。  この際の血中甲状腺ホルモン値の変化について観察しました。治療初期のT4値の変化についてみますと,血中T4の下降率(血中T4値を半対数にとり,傾きを計算して算出)は,対照群では0.36± 0.0 4 (4 例),炙甘草湯併用群0.76±0.13(3例)と炙甘草湯併用群が有意に大でありました。血中甲状腺ホルモン値が正常となるまでの下降率をみますと, T4, T3値ともに炙甘草湯併用群での下降が最も大きく,T3では対照群に比べて有意差を認めております。血中T4値が正常平均値となるまでに要した日数の平均を計算しますと,対照群は43日,炙甘草湯併用群では23日,柴胡加竜骨牡蛎湯併用群では47日,桂枝加竜骨社蛎湯併用群では41日で,血中T3についてみますと,それぞれ45,21, 40, 33日であり,漢方薬併用群は対照群に比べて短縮される傾向を示していました。

 このように少数例の検討ではありますが,漢方薬を併用することで,症状の軽減が比較的円滑に得られ,症状の消失までの期聞が短縮され,血中甲状腺ホルモン値の下降がより速やかに得られる可能性が示されております。

甲状腺機能亢進症の症候と漢方治療の実際

 さて甲状腺機能亢進症の経過中に心不全が生ずることがあります。これに対して漢方薬を併用して治療を行った症例についてお話ししたいと思います。甲状腺機能亢進症の経過中に生ずる心不全は,治療に対して抵抗性を示すといわれております。

次の2症例は漢方薬を併用することで, 短期日に心不全の消失が得られたと考えられます。

 69歳女性,動悸,息切れ,振戦のため来院しました。起坐呼吸で著明な浮腫,肺水腫,心拡大,肝腫大,頻脈,心房細動,高血圧を呈していたために即時入院となり,フロセミド,ジギタリスが投与されましたが,期待される心不全の軽快が得られないことから検索を進めた結果,甲状線機能亢進症と診断されました。次いでメルカゾールが追加投与されましたが, 6週間の入院治療を受け,心不全の消失に8週間を要しました。今回は退院2カ月後,服薬中断により再発しました。この時,血中甲状腺ホルモン値は初回とほぼ同様レベルに増加しており,初回と同様の心不全を生じていたため,同様の治療が行われましたが,心不全が続いたため,メルカゾール,インデラル,柴胡加竜骨牡蛎湯エキスの投与に変更, 1週間後には高血圧,頻脈,振戦,浮腫は軽減し.さらに2週間後には体重減少を伴 って心不全から回復しました。

 もう1例は61歳女性,甲状腺腫と考えられて検索中に心不全を生じました。甲状腺機能亢進症と診断して,メルカゾール,柴胡加竜骨牡蛎湯エキスを投与し治療を開始しました。利尿剤, β遮断剤は用いていません。3日後,入院した時には体重が2kg減少していた上,浮腫ほかの心不全徴候も認められませんでした。

 以上のように甲状腺機能亢進症に波方薬を併用することで,西洋薬単独では得られないような効巣が得られると考えられます。  一般的に本症の症候として暑さに弱い.疲れやすい.四肢脱力感,心悸充進,不整脈,息切れ,浮腫,振戦,神経が過敏である,不眠,皮膚が湿潤している,汗が多い,眼の症状(眼球突出ほか)があり,さらに食欲亢進,便通障害(軟便,時に便秘することもある).口乾,ロ渇などがあげ‘られます。 

 漢方医学的にはこれらのほか,舌は老痩,紅色で,脈は浮数が多く,陽証,熱証ととらえられることが多いと考えられます。このほか心下悸,臍上悸,胸脇苦満を認めるのが通常です。腹部の動悸はβ遮断剤が投与されていても病勢とよく並行して変化するため,治療上の目安ともなりえます。

 これらの症候はすべて漢方治療の対象となりえますが,個々の患者の主徴をとらえた上で,方剤を決定することが大切であります。漢方治療のみで甲状腺機能亢進症を治療した先人の経験も多く,ここでは数多くの方剤が用いられております。  抗甲状腺剤により,新たな甲状腺ホルモンの合成は抑制できますが,すでに甲状腺に蓄積されたホルモンの血中への放出は抑制できません。このため今述べたように様々な症候の消失に日数を要するほか,この間に心不全を生ずることがあります。ことに甲状腺腫の大きいバセドウ病患者ではこの傾向が大きいといえます。また症状は治療開始後.円滑に消失するものではなく,軽快増悪を繰り返しながら軽減していくもので,漢方治療を抗甲状腺剤投与に併用することで,症候を円滑に軽減し,血中ホルモンの減少速度を助長して,治療期間を短縮できる可能性が認められます。さらに経過中に生じた心不全に対しでも,漢方治療の併用は有益であると考えられます。

 抗甲状腺剤の副作用として,薬疹,肝機能障害,顆粒球減少およびこれに伴う感染症(咽喉頭炎で初発することが多い)があり,またβ遮断剤の過剰投与により心不全が起こる可能性があります。漢方治療は,これらの副作用の除去に有効で、あると考えられ,個々の治療に併用されてよいと思います。

甲状腺機能亢進症の頻用処方

 用いられる漢方方剤についてお話ししたいと思います。一番に用いられるのは炙甘草湯です。もっとも治療経験例が多く,心悸亢進,不整脈,息切れ,疲労,口乾,熱症状などを目標とします。下痢する場合にはむかないことがあります。抗甲状腺剤と併用して,血中甲状腺ホルモンの減少速度を促進する可能性が認められております。

 2番は柴胡加竜骨牡蛎湯です。精神不安,精神過敏症状(いらいら,不眠.多夢,驚きやすい),動悸,胸脇苦満などを目標としております。本症の経過中に生じた心不全,浮腫にも有効であると考えられます。  3番は白虎加人参湯です。口渇,多飲が著しく,神経過敏,神経興奮,熱の症状,汗が多い,動悸などを目標としております。

 4番は桂枝加竜骨牡蛎湯です。神経過敏症状,精神力あるいは体力の減退,脱毛,臍部の動悸などを目標として投与いたします。

 5番は柴胡桂枝乾姜湯です。疲れやすい,口渇, 汗が多い,寝汗をかく, 小便の出が悪い,臍部の動悸が著明であるなどを目標としております。

 6番は半夏厚朴湯です。精神神経症状(不安があったり,気分がふさいだり,神経が過敏である),胃腸症状, 咽喉異物感,動悸などを目標とします。慢性甲状腺炎の合併例では頚部や咽喉頭部の違和感を訴えることが多いため,半夏厚朴湯が投与される機会も多いと思います。

 7番は六味丸です。めまい,体熱感,性欲の過亢進,月経障害などを目標とします。

 8番は桂枝茯苓丸です。のぽせ,瘀血を目標とします。甲状腺腫,眼球突出に用いた報告もみられます。

 以上のほか、甘草瀉心湯は下痢を目標として, 加味逍遙散は皮膚の発疹,月経障害を目標として, 酸棗仁湯は不眠を目標に用いられ,甘草湯,桔梗湯、桔梗石膏湯、小柴胡湯加桔梗石膏などは顆粒球減少症の咽喉頭痛.亜急性甲状腺炎の頸部の痛みなどに用いられます。越婢加朮湯、九味檳榔湯は浮腫を目標に用いられ, 大柴胡湯,小柴胡湯,柴胡桂枝湯,温清飲,苓桂朮甘湯、定悸飲、白虎加桂枝湯、十六味流気飲などによる本症の治療が報告されております。

甲状腺機能低下症の漢方治療

 続いて本日の最後のテーマである甲状腺機能低下症の漢方療法についてお話しいたします。甲状線機能低下症の治療は,原因除去が可能であればこれを行います。そして甲状腺ホルモン剤(サイロキシンが最もよいと思いますが)の補充投与を行うことが安全で‘確実であると考えられます。  本症の症候はじつに多彩であります。寒がる,冷える,疲れやすい,耳が遠くなった,視力障害がある(主に白内障が合併-してきている場合です),髪が抜ける,皮膚が乾燥している, 汗はかかない,筋力低下があるなど,いわゆる老け込みの症状がみられるほか,動作,神経活動の緩慢化,徐脈,鼓腸,便秘,胸水,腹水,心嚢水. 浮腫,月経排卵障害などを認めます。

 漢方医学的には,これらのほか舌は胖大,淡白色あるいは淡紅色で,脈は沈遅が多く,陰証,寒証ととらえられることが多いと考えます。  甲状腺ホルモン補充は少量投与から開始し,全身機能.ことに心機能を観察しながら漸増し,維持量を得ることが必要となりますが.これには日数を要します。この間, 漢方治療を行うことで各症候の軽減が得られるほか,甲状腺ホルモン補充が十分であっても消失しない症候,ことに冷えに対しでも有効であると考えられます。

 次に甲状腺機能低下症に用いられている漢方方剤についてお話しします。

 1番は補中益気湯です。疲労倦怠感.食欲不抵筋肉の弛緩,筋力低下などを目標とすることができます。

 2番は人参湯です。冷えの症状,食欲低下,腹満(おなかが張る)などを目標とします。

 3番は真武湯です。これもやはり冷えの症状,低体温,疲れやすく.四肢倦怠感がある,精神活動,体動の者明な緩慢化、浮腫などを目標とします。

 4番は五積散です。四肢の冷え,痛み,便秘,浮腫などを目糠とします。

 5番は桂枝茯苓丸です。甲状腺ホルモン補充が十分であるのに腰. 背中の冷えを訴える例がままありますが,そういった場合に桂枝茯苓丸が適応することがあります。

 これらのほか苓姜朮甘湯は浮腫,腰以下のだるさと冷えを主症状としてとらえて投与します。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は四肢の冷え,血行不全に用います。大建中湯、桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯は腹滿、腹痛,便秘に用いられます。八味地黄丸は白内障、浮腫に用いられます。当帰芍薬散は浮腫に用いられます。

 以上.本日のテーマである痛風,甲状腺機能異常のうち,甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症についてお話ししました。簡単ではありましたが,まとめますと,これらは現代医学的診断,治療の方針に従って治療し,治療完了までに生ずる種々の症候を漢方医学的な視点でとらえて,漢方治療を行うことが望まれると考えます。これによって安全で的確な治療を行うことができると考えます。

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