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妊娠悪阻・妊娠中毒症・妊娠中の腎孟腎炎・膀胱炎・感冒・貧血・便秘・切迫流産・切迫早産



柳沼忞 東京大学医学部附属病院分院産婦人科助教授

妊婦への薬と胎児への影響

妊婦に投与された薬は,吸収されて母体循環に入り,程度の差はありますが胎盤を通過して胎児循環に入ります。薬の胎盤通過性は胎盤を1つの生体膜として考えた機構によって説明されます。つまり脂溶性が高く解離性が低い薬は胎盤をよく通ります。また薬の分子の大きさが小さいもの,たとえば分子量が600以下の薬は胎盤をよく通過します。薬が大量に投与されて母体の血中濃度が非常に高くなった時には,フィックの法則によって,上述の胎盤通過性の諸条件とは無関係に胎盤の通過性が高まります。このようなわけで,一般に胎盤を通過しない薬はないといわれています。胎盤を通過した薬は胎児循環に入りますので,胎児に何らかの影響を及ぼします。  すなわち母体の疾患の治療のために投与された薬は,疾患のない健康な胎児にも作用してしまうわけです。ちょうど無実の人に懲役刑を課するようなものです。とくに妊娠初期,すなわち妊娠12週くらいまでに,この無実の懲役刑を受けますと胎児は立ち直れなくなります。これは,このころは胎児の器官形成期,すなわちいろいろな臓器あるいは手,足,耳,目,鼻,口などができあがる時期だからです。このころ薬が強く働くと胎児は死亡して流産となります。その作用が中途半端になってきますと,これらの器官の発達過程は阻害されますが,胎児はそのまま生き延びて奇形児として出生します。妊娠12週を過ぎますと,胎児が成長する時期であり,そして脳の機能ができあがっていく時期でもあり,このために,このころの胎児への薬の影響は,胎児の成長遅延と脳障害として現れます。サリドマイドベビー30年くらい前に,抗ヒスタミン楽であるサリドマイドが,妊娠初期に曜気,曜日土や不眠のために使用されたことがあります。これがサリドマイドベビー,すなわちアザラシ状奇形を多発したことは,よくご存じのことと思います。これを契機にして妊娠中の薬の使用に関する注意が,薬の添付書に書かれるようになり,催奇形性に関する動物実験がより詳細に行われるようになりました。たとえば実験動物はラット,マウスのほかにウサギで行うというようになりました。これは催奇形性には種差があるからです。前述したサリドマイドベビーの発生もこの種差が大きい原因でした。サリドマイドも動物実験で{怪奇形性試験が行われましたが,最初の時にはラットが使用されました。しかし,これでは催奇形性が見逃されてしまったのです。ラットにおける催奇形性試験では,ラットの妊娠中のたった1日に奇形の発生が認められるに過ぎないことが後でわかりました。これをウサギで行いますと,催奇形性の時期はかなり長いことがわかりました。初めからウサギを使用して催奇形性実験をもしやっていたならば,悲惨なサリドマイドベビー事件は発生しなかったことでしょう。

 このようなわけで,妊娠中は可能な限り薬は使用しないことが望ましいのです。しかし母体が病気になった時に,母体の状態が悪くなると,これが胎児に悪影響を及ぽす可能性があります。たとえば妊娠初期において糖尿病が十分にコントロールされていない場合,あるいは甲状腺機能亢進の状態が抑えられていない時には,奇形の発生率が高いことが報告されてきています。また妊娠初期に38℃以上の高熱が続いた時にも胎児の奇形の発生率が高いといわれております。妊娠中,癲癇が十分に治療されずに発作が類発する時にも,胎児奇形や胎児の成長遅延,そして脳障害が発生する率が高いといわれております。

妊婦への投薬と注意点

 これらのことを考えますと妊娠初期には,とくに胎児に悪影響を及ぼすかもしれない母体の疾患や症状は,積極的に治療しなければいけません。このような疾患や症状には心臓,肝臓,腎臓,胃腸などの主要な臓器の疾患,前述したような高熱の症状がありますが,持続する咳や便秘などもこれに入ると思います。

 このような時にどのような薬を選ぶかが一番重要なことです。この決め手の第1はヒトにおける経験です。とくに妊娠初期において使用されたことがあり,胎児に影響がなかったことが示されている薬が選ばれるべきです。第2に,上述した薬の胎盤の通過性や,動物実験の結果を参考にして決めます。多くの場合,西洋薬においては薬の使用上の注意として, 「この薬は妊娠に対する安全性が確立されていないので,妊婦への投与は利益が危険を上回る場合にのみ投与して下さい」ということが書かれてあります。あるいは,ヒトにおいての奇形の発生の報告があったり,動物実験において催奇形性が示されている場合には,妊娠中の使用は禁忌となっています。漢方製剤ではどうでしょうか。『ツムラ医療用漢方製剤』という処方集の,使用時の注意の項目の中に「妊婦への投与」というところがあります。ここに次のようなことが書かれています。「妊婦および妊娠している可能性のある婦人には慎重に投与すること」。そして,村田高明先生の報告からの引用として,さらに「漢方薬が数千年の歴史的スクリーニングを経てきたとはいえ,安易に投与すべきでなく,とくに器官形成期の妊娠6-11週までは慎重に投与することか望ましい。適応がある場合でも,症状の軽快した時点で投与を中止することが望ましい」と続けられています。村田先生のその報告の中には次のようなことも書かれています。すなわち「漢方医学の古典である『金匱要略』婦人妊娠病篇および婦人産後病篇には,健保収載のエキス製剤は古方剤しか記されていません。これらは桂枝湯附子湯桂枝茯苓丸芎帰膠艾湯当帰芍薬散です。医療用漢方製剤の147処方の約1/4の処方に,妊娠中の慎重投与が示されています」。したがって妊娠中の漢方薬はヒトにおいて経験があり,安全とされているもののみが使用されるべきです。このように西洋薬と同様に,漢方薬といえども妊娠中はやむをえざる時にのみ使用されるべきです。もう1つ注意することは,妊娠に気づかずに薬を服用してしまうことです。産婦人科医はこのようなことはないと思いますが,最終月経と月経周期を患者によく聞いてから薬の使用を決定すべきです。薬を投与しようとする時が排卵前であるかもしれない時には,避妊を勧める慎重さが必要です。月経が予定月経日よりも1日でも遅れている時には妊娠を疑い,尿のhCGテスト,すなわち妊娠反応を行うべきです。最近では,このころでも妊娠の診断が可能です。次に妊娠中における薬の使用で留意しておかねばならないことは,非妊時と同じ投与量ですと,薬の効き方が妊娠中は,より低いかもしれないということです。これは第1に妊娠中期までに腎臓の排泄機能が亢進し,満期までこの状態を維持するからです。第2に妊娠中期以後,循環血漿量が増加するために,血中において薬の濃度がより希釈されることです。第3に薬が胎児に移行するためです。第4に妊娠中胃腸の運動性が低下し,嘔気,嘔吐が起こるために胃腸からの薬の吸収が落ちることです。しかし,これらは,第3を除いては,胎児にとっては幸いなことであるかもしれません。

妊娠悪阻

次に妊娠中の疾患の薬物療法について述べてみましょう。 まず妊娠悪阻ですが,この原因はいまだ不明です。いわゆる「つわり」は妊娠の早期の自覚徴候です。これは妊娠における拒絶反応の一種ともいわれています。このつわり自体は胎児に何らの影響も及ぽしません。つわりがひどくなると重症妊娠悪阻といわれますが,胃液を嘔吐するために,血 中電解質のimbalanceが発生し,さらに嘔吐が強くなるという悪循環になってしまいます。母体の体重が減少するほどになると,胎児に悪影響を及ぽし,胎児の成長遅延などが生じます。このような妊娠中の吐気,嘔吐に対して,安全であることが確認されている西洋楽は現在世界中にありません。重症妊娠悪阻の時には入院して輸液を行い,電解質のimbalanceを修正する以外に,西洋医学的治療法はありません。  そこで漢方製剤に期待するところが大きいのですが,漢方製剤にも,有効であり安全性が確認されているものはないように思います。小半夏加茯苓湯に対して悪組が適応、疾患としてあげられていますが,やむをえざる時にのみ使用されるべきです。

妊娠中毒症

妊娠中毒症は妊娠に固有な疾患ですが,この疾患の成因もいまだ明確にされていません。妊娠中毒症の主要な症状は浮腫,蛋白尿,そして高血圧です。これらに対して,まずわれわれが行う治療は塩分制限です。浮腫に対しては利尿を促進することが1つの治療法で,西洋医学的にも利尿薬が使用されたことがあります。しかし,これは循環血液量を減少させて,子宮胎盤血流量を減少させますので,胎児の成長が遅延します。現在では使用されない治療法です。漢方薬においても利尿的作用によって浮腫をとる薬は避けるべきです。高血圧に対しては従来アプレゾリンが使用されてきましたが,最近ではβーブロッカーのあるものが安全に使用されることがわかってきました。子癇性の高血圧の場合には即効的治療が必要ですから,漢方薬の出番はないと考えます。妊娠中毒症に関して最も報告の多い漢方薬は当帰芍薬散です。当帰芍薬散の妊娠中毒症に対する効果は,主に利尿作用と血液粘度の低下にあるようです。浮腫と高血圧に有効であるようです。ツムラ医療用漢方製剤の本の中にも,当帰芍薬散の適応疾患の1 つとして,妊娠中の浮腫があげられています。妊娠中毒症は主に妊娠後半期の疾患ですので,胎児に対する安全性に関しては問題はないでしょうが,当帰芍薬散の効果が利尿にあるとするならば,前述の理由で長期間の使用は避けるべきです。

妊娠中の腎孟腎炎,膀胱炎

 次に腎孟腎炎膀胱炎の問題です。妊娠の初期から尿管と腎孟が拡張します。とくに右側において著明です。これは子宮による圧迫のためです。  また尿管の蠕動運動が低下します。これはおそらく妊娠中に増加するプロゲステロンによると考えられています。このために細菌の逆行性感染が起こりやすくなっております。細菌性腎孟炎,あるいは膀胱炎が明らかになった時には抗生物質療法が必要です。このための,妊娠中安全な抗生物質 は第一,第二世代のセフアロスポリン類です。

妊娠中の感冒

感冒の原因はウイルスですから,西洋医学的にも原因の治療法はありません。対症療法ということになります。二次的な細菌感染が生じている時には抗生物質療法が必要です。感冒の主な症状は発熱と咳です。38℃以上の発熱は,妊娠初期には前述したように胎児に対するリスクとなりますので,解熱剤の使用が必要です。発熱に対して西洋薬ではアセトアミノフェンやフェナセチンが安全とされている薬です。しかし38℃以上の発熱の胎児へのリスクは, 一般的な解熱薬の胎児へのリスクよりも大きいと考えられますので,積極的に解熱楽による解熱が必要です。漢方薬では軽度の発熱には葛根湯麻黄湯が使用されうると考えられます。葛根湯や麻黄湯は,非ステロイド性の解熱鎮痛薬に類似する作用であるように思われます。発熱に対し即効的な漢方薬はないようです。咳に対しては,妊娠初期に安全とされている唯一の西洋楽はメジコンです。漢方薬では唯一の効能が感冒,咳である参蘇飲、気管支炎併発症の咳にはこの効能を持っている麦門湯,鼻汁を伴う咳には小青龍湯が妥当と考えます。

妊娠中の貧血

妊娠中の貧血は鉄欠乏性貧血であり,妊娠後期に発生し,ヘモグロビンが11.Og/dl以下の時に診断されます。鉄欠乏性貧血ですから,鉄の補給が必要であり,鉄剤の投与が必要となります。漢方製剤としては,当帰芍薬散と鉄剤の併用療法が報告されています。

妊娠中の便秘

 妊娠中,便秘を訴える婦人がたびたびあります。3日以上便秘が続いていますと,妊婦にとってはかなり苦痛です。このような便秘に対して西洋薬としては,比較的安全なものとしてプルゼニド,あるいはマグネシウム塩類が使われています。漢方製剤には便秘を治す薬としてたくさんありますが,いずれも大黄が入っています。これは胎盤を通過して胎児に入りますと,胎児の腸を刺激して胎糞を出すといわれています。したがって,このような漢方製剤の長期の使用は避けるべきです。

切迫流産

 本来与えられた項目には見当たりませんが,発生頻度が比較的高い疾患に切迫流産切迫早産があります。  切迫流産とは,妊娠初期に子宮出血が生じる疾患です。胎児心拍が認められる前の切迫流産徴候の出現は,予後が悪いことを示すことが知られています。西洋医学では切迫流産に対して有効性が確立された薬はありません。現在のところ安静が唯一の治療法です。漢方薬にも有効なものはないと考えます。流産の最大の原因は胎児異常であることが示されてきていますので,これが有効な治療法がない大きな原因と考えられます。かつて米国において,強力な合成エストロゲン剤であるジエチルスチルベストロールが切迫流産に対して投与されたことがあります。これはその後,切迫流産に対して無効であることがわかり,切迫流産に対しては使用されなくなりました。しかし,そのころの使用が予想もされなかった胎児への影響を残したのです。すなわち,このジエチルスチルベストロールを妊娠初期に投与された母親から生まれた娘に,成人近くになった時に腫癌の多発が認められたのです。これは予期もしなかった薬が,遅い時期にとんでもない副作用を胎児にもたらした悪名高い例です。

切迫早産

 早産とは,妊娠24週以上37週未満の早期に陣痛が発生する場合をいいます。これに対しては,最近西洋薬ではズフアジランやリトドリンが有効であることが示されてきました。しかし,これらは胎児や母体に大きな副作用を発生させることがあります。  漢方薬では芍薬甘草湯が有効ではないかと思います。芍薬と甘草には平滑筋の抗収縮作用があり,芍薬甘草場の場合には,これらの相乗効果が発揮されることが報告されてきているからです。しかし甘草に含まれるグリチルリチンは,浮腫や高血圧を発生させることがあるので,芍薬甘草揚を長期間使用する場合には,これらの副作用を十分チェックすることが必要でしょう。

まとめ

 以上を要約しますと次の通りです。妊娠初期は胎児の器官形成期であり,したがって催奇形性期です。妊娠初期に母体が重篤な疾患に罹患した時には,この母体の状態は胎児に対して悪影響を及ぽしますので,積極的に、治療する必要があります。このためにはヒトにおいて妊娠中に安全が確認さ れている薬を選択して治療します。  妊娠中に漢方製剤が使用された場合には,その効果についてはもちろんですが,副作用,とくに胎児に対する副作用のデータが蓄積されるべきであると考えます。これはわれわれ医師の責任でもありますが,漢方製剤の製薬会社の努カも必要です。このことは,妊娠中の疾患や症状に対して適切な西洋薬は少ない現況において,とくに必要なことであり,今後の漢方製剤の発展のためにも重要であると考えます。

妊娠中の薬の選択に関する一般的参考書

1 )柳沼忞訳:妊婦のための薬剤ハンドブック』第2版.メジカル・サイエンス・インターナショ ナル社, 1988 2 )柳沼忞著:『妊婦の薬と管理.真興交易医書出版部, 1991

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