• Nakamura Mineo

咳、痰



松田 邦夫   日本東洋医学会/理事

 症候別漢方治療解説のうち,咳・疾について2回に分けてお話しいたします。今回は総論として漢方における咳・痰の考え方と,各論として気管支炎の漢方治療について述べましょう。 咳・痰は, 日常の臨床で見る機会がもっとも多い症候の一つです。最近,息切れや肺機能障害を主とする慢性呼吸器疾患が多くみられます。これらの疾患の診察においては聴診所見にも留意することが必要で,最近ではすぐれた検査法が数多く開発され活用されているため,それらに頼りすぎる傾向がありますが,胸部レントゲン写真などでは検出できないが,聴診上明らかに異常を認める例が少なくありません。これらの疾患の中には,気管支炎や気管支喘息など,漢方治療が有効な場合も多くみられます。

漢方における咳と痰の考え方  では,漢方における咳と痰についての考え方を述べましょう。咳は『傷寒論』,『金匱要略』で,咳,咳唾,咳逆等の文字が見えています。『丹台玉案』には「声があって痰のないのをといい,痰があって声のないのをといい,声があって痰のあるものを咳嗽という。しかし,声がないといってもまったくないという意味ではない,痰がないといっても全然ないのではなく,比較的ないという意味である」と書いてあります。  漢方医学で痰というのは,現代医学でいう喀痰のことではありません。痰の字義について,『丹波元簡』は,案ずるに痰はもと淡につくるといい,喜多村直寛も,案ずるに痰飲を脉経は淡飲につくるといっています。淡はすなわち水のことで,体液をさしています。喀痰ももちろんその中に合まれます。痰のことを痰飲ともいいます。広い意味の痰飲は体液をさし,狭い意味のものは胃内の停水をいいます。人間の体の70%は水分であり,水の代謝に障害が起こって,その運行,分布の状態が円滑を欠くと非生理的体液となって,どこかに偏在したり,非生理的体液そのものが変化して,それが病的状態をひき起こす時に,漢方ではこれを水毒といいます。  『金置要略』の痰飲咳嗽病,水気病などの条下には痰飲すなわち喀痰あるいは胃内停水,懸飲すなわち胸膜腔内液の貯留や肺炎,溢飲すなわち腎性浮腫,そして支飲すなわち心臓性喘息をあげています。気管支炎や気管支喘息で,鼻水や,水のような痰がたくさん出るのも水毒です。漢方の水毒を除く,すなわち駆水作用のある生薬としては,茯苓,朮,沢瀉,猪苓,半夏,生姜,木通,防己,細辛,そして麻黄などがあります。漢方では咳は気の症状と水毒の合併症という見方をしており,痰の状態が処方を選ぶ上で重要なポイントになります。咳のある時は,同時に喘鳴を伴うかどうか,その咳が乾咳であるか湿咳であるか,湿咳であれば痰が切れにくいか切れやすいか,痰の量が多いか少ないかを尋ねます。また,顔を赤くして咳込むか,のどの奥の方に乾燥した気味があるか,夜間ひどく咳込むか,朝起きた時咳が多いかなども聞く必要があります。

 喘息を伴う咳には,麻黄や杏仁の配剤された処方が多く用いられます。乾咳は痰のない咳のことです。乾咳も初期は麻黄剤でよいのですが,乾咳がしばらく続いている時は,地黄,麦門冬などの滋潤剤の入った処方を用いないと咳がとまりません。湿咳は痰の出る咳のことですが,痰の切れにくい時には麦門冬湯,瓜呂枳実湯,滋陰降火湯などを用います。夜間に激しく咳込むものには滋陰降火湯の証が多く,朝起きる頃に咳込むものには瓜呂枳実湯の証が多く見られます。痰が多く切れやすいものに滋潤剤を与えると,かえって痰が増して咳が激しくなることがあります。悪寒,発熱などを漢方では表証,すなわち体表に現われる症状としますが,表証があって咳が出る時は,まず表証を治し,それでもなお咳がやまなければ,その時の病状によって処方を選択します。また胸脇苦満,すなわち胸から季肋下にかけて自覚的に充満した感じがあり, この部を圧迫すると抵抗と圧痛を訴える状態があって咳があれば柴胡剤を用います。柴胡剤とは,大・小柴胡湯,柴胡桂枝湯,柴胡桂枝乾姜湯などをいいます。では次に各論に移り,咳・痰を起こす疾患で,今日漢方治療がしばしば行なわれる気管支炎,気管支喘息の漢方治療を述べましよう。

気管支炎の漢方治療

 まず気管支炎ですが,急性気管支炎で漢方の治療を受けることは少なく,多くは慢性の気管支炎が漢方治療の対象となります。しかし,本当は急性初期であれば,漢方も速効性があります。治療にあたっては,咳の状態を詳しく観察することが必要です。麻黄湯は急性期の初期で,感冒のような症状で寒気がしたり,熱が出たりして,咳の出る時に用います。麻黄湯証の咳は,痰の出ることは少なく,軽い喘鳴のあるものです。麻黄を主役とする麻黄湯,麻杏甘石湯, 小青竜湯,大青竜湯,神秘湯などは,いずれも咳のある場合に用いられますが, これらの咳には喘鳴を伴うことが多いのです。麻黄湯は感冒の初期などで,表証があって咳のあるものに用います。表証とは裏証に対する言葉で,体の表面に現われる悪寒,発熱,頭痛,身体痛などをいい, これらの症状があって,脈が浮で力があり,自汗がなければ麻黄湯を用います。

 一般に表証に伴う咳は軽く,多くは乾咳で,時に喘鳴を伴うことがあります。その場合,麻黄湯で発汗して表邪を発散させると,咳も自然に治癒するものです。乳幼児がカゼをひいたり,気管支炎を起こしたりして咳の出る時には,麻黄を主役とする処方の効く場合が多く, ことにその咳がゼーゼーという喘鳴を伴っているような時は大変よく効きます。

 服薬を始めたその夜から咳がやんで喜ばれることが多く,処方として,麻黄湯,麻杏甘石湯,華蓋散,小青竜湯が頻用されます。しかし,虚弱な児童や貧血している患者には麻黄剤は用いない方がよく,そのような患者には桂枝加厚朴杏仁湯小建中湯などを用います。小柴胡湯は,麻黄湯や葛根湯を飲んで悪寒や頭痛など表証はとれたが,半表半裏に入り,口が苦く,舌がねばり,あるいは白い苔がつき,往来寒熱,すなわち弛張熱となり,食欲は減退ぎみで,胸がふさがった感じで咳の出るものに用いられます。

小柴胡湯証の咳は頻発せず,軽いものです。強い咳が出て痰が切れにくく,咳のたびに胸にひびいて痛む時は,柴陥湯,または柴胡疎肝散を用います。柴胡桂枝乾姜湯は,小柴胡湯証より虚候を呈し,体力衰え,腹力なく,冷え症で,日乾があり,貧血ぎみで動悸しやすく,歩くと息が切れたり,夜盗汗が出たりして咳が出るものに用います。咳は弱く乾咳です。

小青竜湯は,咳が頻発し,喘鳴を伴うこともあり,呼吸が苦しく,水様泡沫状の喀痰を多量に喀出する,あるいは鼻汁が多く出るなど,分泌物過多症状のものによろしいです。また早朝に咳のため顔がむくむものも小青竜湯を用いる目標です。喘鳴の強いものは,杏仁,石膏を加えると有効です。麻杏甘石湯は乳幼児の喘息性気管支炎で,喘鳴,呼吸促迫を起こして苦しむものによいのです。本方に桑白皮を加えて五虎湯として飲ませてもよいです。麻黄湯と麻杏甘石湯との主な区別は,麻黄湯証は汗が自然に出ることはなく,悪寒や熱があり,喘鳴はひどくありません。麻杏甘石湯証は呼吸が苦しく,汗が出て,悪寒や熱はなく,喘鳴がひどいです。胃腸が弱くて食欲が進まず,体力の衰えているものには華蓋散を用います。華蓋散は『和剤局方』の処方で,麻黄,杏仁,茯苓,橘皮,桑自皮,蘇子,甘草の7種類の生薬を合みます。華蓋散を与えても食が進まず,元気が衰えるようなら,小建中湯桂枝加厚朴杏仁湯を用います。桂枝加厚朴杏仁湯は,『傷寒論』には「咳家には桂枝湯を作り,厚朴,杏子を加えるを佳とす」とあり,虚弱な人で,かぜをひくとすぐ喘鳴を訴え,麻黄剤を使用しにくい場合に用いられます。

苓甘姜味辛夏仁湯は『金置要略』の処方で,茯苓,半夏,杏仁,甘草,乾姜,細辛,五味子の7種の生薬を合み,体内の冷えと水毒を温めて排泄を促すことを目的とし,慢性気管支炎で,体力,気力が衰え,喘鳴,呼吸促追の気味のあるものに用います。本方証は痰は多く出る傾向がありますが,小青竜湯のような麻黄の入った処方を飲むと食欲が減じたりするものによく,筋肉の緊張が悪く,血色のすぐれないものが多いようです。苓甘姜味幸夏仁湯は小青竜湯の裏の処方です。

 瓜呂枳実湯は『万病回春』の処方で,当帰,茯苓,貝母,瓜呂実,桔梗,陳皮,黄芩,縮砂,木香,乾生姜,甘草,梔子,枳実,竹筎の14生薬を合み,とくに喫煙家の慢性気管支炎に用いるとよいです。『衆方規矩』には早朝の咳には瓜呂枳実湯を用いるとあり,こだわる必要はありませんが,確かに早朝または食後に咳が多いものも,本方を用いる一つの目標となります。痰は粘着性で切れにくく,そのため軽い呼吸困難を訴えることがあります。老人の喘息様の咳にこの方を用いる証があります。瓜呂枳実湯の適応する人は,筋肉の緊張はよく,皮膚はきたならしく見えます。腹部が軟弱無力というような虚証や,疲労倦怠感のはなはだしいものや,食欲不振,下痢などの症状のあるものには用いません。

麦門冬湯は,痰がのどの奥にへばりついたようで,発作性に強く咳込むものに用います。「いろいろ咳どめを飲んだが効果がない」といってくる患者にこのタイプがあります。咳が出ない時は全然出ないで,出始めるとひっきりなしに出て,顔が赤くなるほど咳込み,吐きそうになります。痰らしいものは出ません。こういう咳が長く続いて声がかれていることがあります。『金匱要略』に大逆上気,咽喉不利とあるのがこれです。もしこれでも無効なら,地黄剤の麦門冬飲子炙甘草湯を用いるのがよい場合があります。麦門冬湯は痰の多いものには用いません。麦門冬は滋潤,強壮の効があり,のどに潤いをつけ,痰を溶かすことにより咳を鎮めます。『古訓医伝』には「麦門冬湯の証は咳もなく,涎沫も吐せず,下に力なくて,逆上の強きにより,咽喉,口舌ともに乾燥して滋潤なく,日中より咽喉の辺まで粘液のあるように思われて,咽喉の心持ち悪しき証なり」とあり,ただのどが乾いてなんとなく気持が悪く, しめりを欲するような場合にも用います。このような症状は老人に見られることが多いのです。次に,麦門冬湯の有効な場合の特殊なものとして,妊娠咳について述べます。妊娠咳は昔の名前を孕嗽または子嗽といい,妊娠中に咳が出始めるとなかなかとまりません。『諸病源候論』には「妊娠にして之を病む者久しく癒えざれば胎を破るなり」とあり,流産に至ることもあります。有持桂里は妊娠咳に当帰散が効ありと述べておりますが,大塚敬節先生は麦門冬湯が有効であることを発表しておられます。

滋陰降火湯は『万病回春』の処方で,当帰,芍薬,地黄,天門冬,麦門冬,陳皮,白朮,知母,黄柏,甘草の10種類の生薬を含み,『衆方規矩』には「午後になって咳の出るものによい」としており,必ずしもこれにこだわる必要はありませんが,一般に滋陰降火湯慢性気管支炎で,昼間は咳が少なく,夜に入ってから強い乾性の咳の出るものによく,患者の肌色は浅黒く,筋肉のしまりのよいものが多いようです。本方を用いる患者は一体に湿潤の傾向が少なく,大便も硬く,皮膚にもしめりが少ないもので,よく水分を飲みたがり, コタツやストープにあたると咳がひどくなります。若い人よりも老人に本方の証が多いようです。

 麦門冬飲子は『宣明論』の処方で,麦門冬,茯苓,地黄,知母,葛根,人参,瓜呂根,五味子,甘草,竹葉の10種類の生薬を含みます。地黄,麦門冬,人参,知母,瓜呂根はいずれも滋潤剤で,老人で夜咳が出る,コタツにあたるとひどくなる,痰は濃いねばったものが出る,口乾があり,皮膚は乾燥して,光沢や潤いがなくガサガサしている,便秘ぎみという人に有効です。このような患者に鎮咳の目的で麻黄剤, ことに小青竜湯のようにしめり気を乾かす薬を与えると,かえってのどの乾燥がひどくなって,咳が強くなります。

清肺湯は『万病回春』の処方で,黄芩,桔梗,陳皮,桑白皮,貝母,杏仁,梔子,天門冬,大棗,竹筎,茯苓,当帰,麦門冬,五味子,乾姜,甘草の16種の生薬を合み,慢性気管支炎で,痰が多く出るものに用います。

半夏厚朴湯は神経性の咳で熱はなく,のどの奥に何かひっかかって取れないというものに有効です。

頓嗽湯は京都の新妻家の家方で,柴胡,石膏,桔梗,黄芩,桑白皮,梔子,甘草の7種類の生薬を合み,その名の通り百日咳に用いられる処方ですが,頑固な百日咳様の咳をするものに用いられます。

麻黄附子細辛湯は小青竜湯を用いるような患者で,脈が沈んで小さいものに用います。老人の気管支炎にこの証があります。

 また麻黄附子細辛湯に桂枝去芍薬湯を合方した桂姜棗草黄辛附湯も老人や虚証の人の咳に用いることがあります。

八味地黄丸は咳をするたびに小便がもれるという人に用いられます。老婦人や妊婦に見られることがあります。

症 例

49才の男性で,かぜを引いて治ったのですが,乾咳すなわち痰のない咳が数ヵ月たってもとれないとの主訴で来診しました。胸部レ線所見に異常はありません。毎晩午後8時噴から決まって強い咳が出始め―,寝床に入って体が温まると一層咳が強く出て,朝の4時頃までくり返し出て安眠ができないのだそうです。痰はほとんど出ません。のどの奥に乾操感があります。いろいろ治療を受けているれ咳がどうしてもとまらないとのことでした。そこで滋陰降火湯を与えたところ,その夜からとまったのでちちようど子供が同様の痰のない咳に苦しんでいたので服用させたところ,これも同じように著効がありました。その後何ヵ月かたって別の病気で来診した時に,こちらから結果を尋ねて始めて,ただ今の経過を知ることができたのですが,ご本人はいかにも不満そうで, 1服であの咳がとまるなんて,漢方薬がこんなに効くと知っていればもっと早く薬局で買って飲んだのにといわれました。

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