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傷寒論解説(8) ~桂枝麻黄各半湯・桂枝湯・桂枝ニ麻黄一湯~



寺師 睦宗 日本東洋医学会名誉会員

桂枝麻黄各半湯・桂枝湯・桂枝ニ麻黄一湯

本日は桂枝麻黄各半湯と桂枝湯、桂枝二麻黄一湯についてお話しいたします。

桂枝麻黄各半湯 まず桂枝麻黄各半湯です。 「太陽病これを得て八、九日、虐状のごとく、発熱悪寒す、熱多く寒少し。その人嘔せず、清便つづいて自可せんとし、一日二、三度発す。脈微緩なるものは、癒えんと欲すとなすなり。脈徴にして悪寒するものは、これ陰陽ともに虚す。更に汗を発し、更に下し、更に吐すべからざるなり。面色反って熱色あるものは、いまだ解せんと欲せざるなり。その小しく汗出づるを得るあたわざるをもって身必ず痒し。桂枝麻黄各半湯に宜し」。  喜多村直寛は、「旧本は自可の上に欲すの字あり。不可発汗篇、『玉凾』、『脈経』はともに続に作る。今密かに刪正す」と。山田椿庭は、「按ずるに欲すと続と義相通ず」といっています。  そこで今、椿庭にしたがって「欲」を「つづく」と訓読します。湯本求真先生の『皇漢医学』も「欲」の字が「続」に作ってあります。  この条文は古来より難解とされていました。そこで今、喜多村直寛の『傷寒論疏義』を参考にしてこの文章を三つに分けます。  すなわち第一節は「太陽病」より、「癒えんと欲すとなすなり」まで、第一一節は「脈徴にして悪寒するもの」より、「さらに吐すべからざるなり」までです。この第二節は、桂枝麻黄各半湯を服用してのちの症状をいったものです。第三節は「面色反って熱色あるもの」より、「桂枝麻黄各半湯に宜し」までです。  これを解説いたします。太陽病にかかって八、九日すると、普通の場合は邪が表から裏に入って少陽病あるいは陽明病に転化します。ところがこの場合は、病勢が緩慢で八、九日になっても依然として太陽病の症状を呈しています。それは、「これを得て」という表現によって知ることができます。 「これを得て」という表現は、少陰病に多く用いられます。「これを得て」という場合は、病気の発病が緩慢で、いつから悪くなったとはっきり自覚しにくい時に用います。少陰病は陰病ですから、陽病のように症状が現れにくいので、「これを得て」という表現を多くとっているわけです。太陽病でありながら発病して八、九日も経っているのになお病邪が裏に入らず、依然として表にとどまっているのは病勢が緩慢であるからです。それで「これを得て」と表現しているのです。

 もう一度最初から解説いたします。太陽病にかかって八、九日も経っているのに病勢が緩慢であるので、依然として太陽病にとどまっている。しかし熱型は太陽病の発熱悪寒の型ではなくて、少陽病の往来寒熱の型に似てきました。その状態を「虐状のごとく」と表現しているわけです。「虐」は「おこり」です。つまりマラリアのように熱と悪寒が交代する熱の出ている時聞が長くて悪寒の時聞は短いということです。病状は「虐状のごとく」往来寒熱し、あたかも少陽病の熱型に似ていますが、「その人嘔せず」という表現で、少陽病でないことを示唆します。嘔吐は少陽病の重要な症状ですから、この「嘔」がないということで少陽病を否定するわけです。

 次に「清便つづいて自可せんとす」について、「清便」とは大便のことです。「自可」というのは自調のことで、すなわち「便秘も下痢もせずに、大便が正常な便で自ら調っている」という意味です。「清便つづいて自可せんとす」の表現によって、」れは陽明病ではないことを示唆します。陽明病であるならば便秘するはずです。ところが大便が自ら調って正常でありますから、これは陽明病を否定するわけです。

 さて、太陽病にかかって八、九日、病勢が緩慢であるので依然として太陽病にとどまり、マラリアの発作のように発熱悪寒する。その熱の出ている時間が長くて悪寒の時聞が短い。その発作は一日に二、三度起こる。患者は嘔吐せず、大便は正常で、脈は徴にして緩を呈するならば、これは汗を発しないで治る兆候である。もしかえって顔色が赤ければ、これは表邪がうっ滞して解除されていないためである。病を得て以来、少しも汗を発しないために表邪がうっ滞をきたし、全身に痒みを覚える。こういう場合には桂枝麻黄各半湯を服用して汗を出すとよい。これは汗を発して治る状態をいったものです。これを服用して脈が微になり、悪寒するならば、これは表裏ともに虚した証拠である。これ以上に発汗、吐下の治療をしてはならないという意です。

次は桂枝麻黄各半湯の処方です。 「桂枝(一両十六銖、皮を去る)、芍薬、生姜(切る)、甘草(炙る)、麻黄(各一両、節を去る)、大棗(四枚、撃く)、杏仁(二十四枚。湯に浸して皮尖および両仁のものを去る)。右七味、水五升をもってまず麻黄を煮ること一、二沸し、上沫を去り、諸薬を内れ、煮て一升八合を取り、滓を去り、六合を温服す。本云う桂枝湯三合、麻黄湯三合、併せて六合となし、頓服す。将息は上法の如くす」。 次に『傷寒論』の編者宋の儒者林億等の注がありますが、時聞がありましたらあとで訓読します。 次に、校勘いたします。山田正珍は、「成無己の『注解傷寒論』は、本云う以下の二十三字を脱す。まさにこれを補うべし」と。森枳園は、「先輩は多く本云う以下を刪去す、是にあらず」と。山田正珍も森枳園も、本云う以下を補って解釈せよといっています。

 次に薬の作り方です。 七味のうち、まず麻黄を水五升で一、二回沸騰する程度に煮て、浮いた泡沫を取り除き、残りの諸薬を入れて一升八合に煮詰め、滓を漉し去り、六合を温めて服用する。もとは桂枝湯三合と麻黄湯三合を併せて六合とし、頓服する。「将息」というのは、服用法や服用時問、薬の分量を加減することで、これは桂枝湯のそれと同じである。  桂枝麻黄各半湯は、桂枝湯の分量の三分の一と麻黄湯の三分の一とを併せて一方としたものです。それで桂枝湯では病態に対してカが足りないし、麻黄湯では力が強すぎるという場合に用います。  林億は、「この方は桂枝湯と麻貰湯の二湯をそれぞれ三分の一ずつ用いているのに、各半湯というのはおかしい。合半湯と呼ぶべきである」といっています。これに対して山田正珍は「この方は半分は桂枝湯、半分は麻黄湯であるから各半湯と名づけてよい。林億は二湯の分量に固執している」といっています。

桂枝麻黄各半湯の臨床応用 この桂枝麻黄各半湯の臨床的応用ですが、まず感冒や流感などで発熱し、悪寒がある、あるいはこじれたかぜで微熱や咳がいつまでも去らないものに用います。そのほか蕁麻疹や、皮膚炎で赤味があり、非常に痒い場合に用います。  浅田宗伯は、『薬室方函口訣』で次のように述べています。「この方は外邪の壊症になりたるものに活用すべし。類虐のものはもちろん、その他風疹を発して痒みのあるものに宜し」。そして「一男子かぜののちに腰の痛みが止まない。医者はこれを疝の病だとして治療したがその痛みはますます激しい。そこでこの処方を服して発汗せしめたら脱然として治った」とあります。

 藤平健先生の治験を二例紹介します。 一O歳の少女です。一週間前にかぜをひき、熱はひいたが咳がだんだんひどくなり、夜寝てからもとくに激しく咳込みます。脈は浮数やや弱、発汗の傾向はありません。舌は中等度の薄い白苔があり、腹は軽い心下支結と胸脇苦満があります。この少女は平素から虚弱で疲れやすくかぜをひきやすく、今までは柴胡桂枝湯を服用していました。しかし先急後緩(激しいものを先に治し、緩やかなものはあとに治す)の原則に従って、腹証にかかわりなく桂枝麻黄各半湯を与えますと、さしもの咳も三日で治まりました。  もう一例。二七歳の顔色の悪い中肉中背の婦人。三週間前にかぜをひきました。熱や悪寒はなくなったが、頭痛が残りました。脈はやや浮で、舌にはわずかに白苔があります。腹は左右の腹直筋がわずかにつっぱっています。桂麻各半湯の証とみて二日分の服用で、三週間苦しんだ頭痛が完全に治りました。

 次は大塚先生の治験例を述べます。  症例一。患者は一カ月以上も微熱の去らない婦人です。虚弱な体質で、葛根湯や麻黄湯を用いるとすぐに食欲がなくなり、近代医学の薬を服用すると副作用に苦しむということです。桂枝湯や小柴胡湯を用いましたがよくなりません。そこで桂麻各半湯を用いると熱が取れてよくなりました。  症例二。皮膚の痒い青年です。一見してほとんど異常はありません。夜になり布団に入ると痒くなります。そして何となくポカポカするというので、桂麻各半湯を用いますと二-三日でポカポカが止み、痒みが治りました。

桂枝湯 次は桂枝湯です。 「太陽病、初め桂枝湯を服し、反って煩して解せざるものは、まず風池風府を刺し、却って桂枝湯を与うれば、すなわち癒ゆ」。 風池というのは、後頭部の髪の生え際のくほんだところの部位をいいます。風府は、後頭結節の下のくぽんだ部住です。この二つはともに太陽膀胱経が通っているところのツボです。そこで本章は桂枝湯証に湯液治療のみではなく、鍼を併用した治療法を述べたものです。 太陽病で桂技湯の初回分を服用したところ、かえって気分のいらいらが起こった。こういう場合には、太陽膀胱経の風池と風府のツボに鋪を刺すと、邪気が下って病勢が軽くなる。そのあとで残りの桂枝湯を与えれば、病は速やかに治癒するという意です。 森枳園は、「およそ病、表にあるものは鍼刺にてこれを治療し、裏にあるものは湯液にてこれを治療す、一定の法なり。これ鍼薬ともに行うもの、すなわち臨機応変なり」といっています。 臨床的応用としては、感冒の場合に湯液(桂枝湯)と鋪(風池・風府)を一緒に施す治療をします。これは鍼と薬をともに行う臨機応変の処置です。

桂枝二麻黄一湯 次は桂枝二麻黄一湯です。 「桂枝湯を服し、大いに汗出で、脈ただ洪大なるものは、桂枝湯を与うること前法の如くす。もし形虐に似て、一日にして再発するものは、汗出ずれば必ず解す。桂枝二麻黄一湯に宜し」。 原文には「ただ」はありませんが、補って読みます。 山田正珍は、「この条、桂枝湯を服す以下十八字、けだし後条の文、錯乱して入りたるもの衍文なり。刪すべし」。尾台榕堂は、「桂枝湯を服す以下十八字、白虎加人参湯の条文。錯乱混入するなり」。湯本求真翁は、「この説(尾台格堂の説)是なり」といっています。 つまり山田正珍・尾台榕堂・湯本求真翁は、「桂枝湯を服し、大いに汗出で、脈洪大なるものは桂枝湯を与うること前法の知くす」という一八字を削れといっています。 また喜多村直寛は「旧本は洪大の上に但の字なし。今『玉函』、『脈経』により訂補す」といっています。そこで私も直寛の説に従って、「ただ」の字を補って訓読したわけです。 森枳国は「案ずるに、大いに汗出で、脈洪大にして渇せざるものは桂枝湯に宜し。渇するものは白虎湯に宜し。渇せずして形虐の如くなるものは桂枝二麻黄一湯に宜し」と解説しています。そこで森枳園の説をとりまして解釈してみましょう。

 桂枝湯を服用して大量に汗をかき、ただ脈のみ力が強くて大きく、口渇がないものは桂枝湯を前条のとおりに与えて様子をみるとよい。口渇があるものは白虎湯を与えるとよい。もし口渇がなく、病態がマラリアに似て一日に二回も発作があれば桂枝二麻黄一湯を服用するとよい。これを服用すると、汗が出て必ず緩解するという意です。 「汗出でて必ず解す」の四字は、桂枝二麻黄一湯のあとに置くべきで、これはこの湯を飲んだ後の変化であると大塚敬節先生は著述しておられます。 桂枝二麻貰一湯の方です。

「桂枝(一両十七銖、皮を去る)、芍薬(一両六銖)、麻黄(十六銖、節を去る)、生姜(一両六銖、切る)、杏仁(十六個、皮尖を去る)、甘草(一両二銖、炙る)、大棗(五枚、撃く)。右七味、水五升をもって、まず麻黄を煮ること一、二沸し、上沫を去り、諸薬を内れ、一升を温服す。日に再服す。本云う桂枝湯二分、麻黄湯一分、煮て二升を取り、滓を去り、合わせて二升となし、分けて再服す。今合わせて一方となす。将息は前方の如くす」。 この次にも林億等の注がありますが、省きます。 この方は林億等の計算によりますと、桂枝湯二一分の五と、麻黄湯九分の二とを合わせて一方としたことがわかります。

次に薬の作り方です。 七味のうち、まず麻黄を水五升で一、二回沸騰する程度に煮て、浮いた泡沫を取り除き、それに残りの薬を入れ、二升に煮詰め、滓を漉し去り、一升を温めて服用する。一日に二回服用する。もとは桂枝湯二に麻黄一の割合で調合したものを二升、二回に分けて服用していたが、今では一緒に煮て作るようにしている。服用法や服用時間、薬の分量を増減することは、桂枝湯のそれと同じである。 桂枝二麻黄一湯は、桂枝湯と麻黄湯を合わせたもので、桂枝麻黄各半湯と生薬の数はまったく同じですが、分量が違います。麻黄と杏仁の分量は各半湯と比べて少なく、芍薬と甘草、生姜は各半湯に比べて多い。桂枝二麻黄一湯は発汗する力が各半湯に比べて小さいということです。表邪は依然として太陽にとどまっているが、すでに多量に発汗しているからこれ以上に発汗させることはできない。したがって少し汗をかかせるだけで緩解できるのです。

 最後に龍野一雄先生の治験例を一つ用いました。 四歳の少女。感冒らしい発病なので、ある医師が葛根湯を用い、次に小柴胡湯加石膏を用いました。しかし熱が依然として取れず、小児科専門の病院長を招いたところ、扁桃腺炎であろうといわれ、その手当てを受けましたが治りません。 次に私が呼ばれました。診察すると、午後五時頃になると発作的に激しい頭痛が起こり、悪寒後四O度以上に発熱します。咽頭、扁桃腺ともに大した発赤はありません。脈は大きく、口渇があります。そこでまず白虎湯を考えましたが、考え直してこの脈を石膏に取らず桂枝二麻黄一湯にいたしました。一回飲んだだけで午後の発作がなくなり、夜安眠ができてそれきり治ってしまいました。 扁桃腺炎の疑いということでしたが、それは誤りで、私は単純な感冒と診断しました。 しかし、このようにいつも一発でうまくいくとは限りません。この例などは匙運がよかったと思います。

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