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視力障害(眼科の漢方)



藤平健  日本漢方医学研究所/理事

本日は視力障害の漢方治療についてお話を申し上げますが,一口に視力障害といいましでも,これを惹き起こす疾患は実に多数でありまして,その全部についての漢方治療を述べるということは短時間ではとうてい無理であります。そ乙で視力障害を起こす疾患のうちのごくわずかな疾患に的をしぼって,その漢方的な治療を申し上げてみたいと存じます。

毛様充血による視力障害の治療

まず第ーに,毛様充血が強く起きていて視力障害を起こしているという場合の漢方治療であります。こういう眼疾患としては,硬化性角膜炎,虹彩毛様体炎,葡萄膜炎,鞏角膜炎,ベーチェット氏病,諸種の角膜炎,諸種の角膜潰瘍,角膜ヘルペス等々と,数多くのものがあるわけでありますが,これらの疾患の場合,この強い毛様充血を目標に,その他の自他覚症状を考えあわせて次のような薬方(漢方の処方)を使います。  まず実証の場合でありますが,もう諸先生方はご存じと思いますが,実証といいますのは,すでにたびたび説明されておりますように,体力が質的に,かつ量的に充実しすぎている状態であります。したがって脈力,腹力ともに充実しているという状態を呈するわけであります。虚証はこの逆であります。  第ーに桃核承気湯:桃仁,桂枝,芒硝,大黄,甘草から構成されておりますが,この薬方の目標としては,顔が赤ら顔であったり,脂ぎっていたりというような状態を呈しており,のぼせる感じのあることが多いのです。便秘の傾向があり,婦人では月経の障害があることが多くて,脈力,腹力ともに力があります。  こういう場合の激しい毛様充血と,程度差は種々でありますが視力障害とを目標にして用います。これを煎薬で用いる場合には,ちょうど1 日に1~2 回の気持のいい軟らかい便が出るように,薬方の中の大黄と芒硝の量を加減します。エキス剤で用いる場合には,そういうふうになりますようにエキスの量を加減して用いてよいのです。  次は白虎加人参湯:知母,梗米,石膏,甘草,人参から構成される薬方でありますが,喉の渇きが非常に強く,水をよく飲み,汗をかき,小便もよく出,という症状があり,脈は浮いていて(浮というのは表在性の脈で,軽く触れても指頭に脈がよく感じられる脈), 力があって大きしそして腹力も十分にある,という場合の毛様充血と視力障害を目標にして用いますと,諸種の疾患が急速によくなってくることがあります。

 次は洗肝明目散:南天実,木賊,茯苓,黄芩,黄連,連翹,当帰,川芎,山梔子,桔梗,石膏,柴胡,大黄,甘草という大変多味の薬方でありますが,これは毛様充血,羞明が強くて,視力障害があって,多少喉が渇く傾向があります。脈力,腹力ともに力があって,主に右季肋部に胸脇苦満があります。胸脇苦満についてももうすでにご存じと思いますが,季肋下部のところから乳首の方に向かつて,胸の中の方に三指でもって指を入れますと,抵抗があり圧痛があるというのが,胸脇苦満という大事な漢方の腹部症候でありますが,これが認められる場合に用いてよいのであります。千葉大学眼科の鈴木名誉教授は,本方を料(これは元来は散剤になっているが,煎薬として用いるのを漢方では料という)として用いて,非常に多くの前眼部の疾患を治しておられ,硬化性角膜炎をはじめとして,角膜実質炎,角膜潰瘍などに著効をみたことを多数例報告しておられます。私も,それらの疾患や葡萄膜炎などが諸種の治療に抗して治癒が遷延している場合に本方を用いて速やかに治癒に至らしめた経験例を多数持っております。

 次は虚証の場合で, 当帰芍薬散(当帰,川芎, 芍薬,茯苓,朮,沢瀉)でありますが,虚証の場合は毛様充血の色合いが何となくくすんでおります。実証の場合は非常にはっきりした赤い色ですが,虚証の場合はくすんでみえます。そういう毛様充血があって,疲れやすい,手足が冷える,めまいや動悸がしやすく,婦人では月経の障害があることが多いのであります。また脈にも腹にもあまり力がないというような諸症状を目標として,視力障害のあるものに使います。

老人性白内障の治療

次は老人性白内障について申し上げます。老人性白内障が手術によらずに治るということになれば,医師,患者の双方にとってこんなによいことはないのですが,現在の眼科学ではまだ無理のようであります。戦後本症の治療薬が,あるものは点眼液として,またあるものは内服もしくは注射薬として,いくつかのものが開発されてきたのですが,その大多数のものが今や見捨てられつつあるわけであります。そして再び戦前のように,あるところまで視力が落ちたら手術をするという方式に戻ってきております。 しかし,手術の術式やその他は,戦前のそれに比べて格段の進歩があり,したがってまた,手術による危険度もはるかに低下はしているわけであります。けれども手術によって視力を回復するという点では,戦前と何ら変わりないわけであります。しかしこれを漢方で治療しますと,まちがいなくよくなるものがあるのであります。現在の眼科学では,一度白濁した水晶体は,再び透明化することはないということになっております。けれども,一度硬化した動脈は再び弾力を取戻すことはないというのが現代の内科学の常識でありましたのに,最近になりましてこの常識が覆がえされたことは諸先生方もすでにご存じの通りであります。ですから,前述のような眼科学の常識も,いつ反故になるかもしれないと私は思います。事実私は,視力が0.7とか0.5くらいから1.2の正視に戻った老人性白内障患者の数例に,明らかに初診時の水晶体の混濁が,まったく透明化して,正常状態へと戻った例を,細隙灯顕微鏡で観察し得ております。漢方で治療した場合,程度の差はありますが,約6割の人に視力の向上がみられ,2割の人は現状維持で,残る2割の人が手術を要する状態になります。これは私の診療所での調査結果であります。ただし,これは視力が0.1以上の場合でありまして,それ以下の場合には治療成績ははるかに低下します。この成績は,木更津の小倉重成氏の同様な報告とほぼ一致しますので,どなたが追試をなさいましでもあまり大きな違いは出ないのではないかと考えるのであります。

 用いる薬方としては次のようなものがあります。まず実証の場合でありますが,第一に大柴胡湯(柴胡,半夏,生姜,黄芩,芍薬,大棗,枳実,大黄)でありますが,これの目標は,体ががっしりしていて,便秘や肩こりがあり,起床時(朝起きた時)にがに口が苦い,ねばっく、歯を磨くときに吐きそうになるなどの自覚症状があり,右季肋下に胸脇苦満が強く認められ,心下部にも抵抗と圧痛がある,脈力も腹力もともに強い,というような症状が揃っている場合の老人性白内障には本方が効きます。本方の証(適応症〉は青壮年に多くて,老人には少ないものでありますが,時には本方でなければよくならない白内障もあるわけでありますから,老人性白内障イコーノレ八昧丸とばかり思っておりますとまちがうことがあります。かつて私の知人からの電話で,父の白内障を治すのに何を飲ませたらよいかという相談を受けまして, 「八味丸でもあげてみたらどうですか」と答えておいたのです。数ヵ月後に聞きましたところ,よくならないどころか,少しずつ進行しているとの報告を受けましたので,では診察をしようということで遠方から来ていただいたわけでありますが,診察してみますと,何と紛れもない大柴胡湯の証であったわけです。そこで本方を出したわけですが,これの服用によって今度は視力の改善をみることができたのです。

 次に虚証の場合ですが,まず第ーに八味丸で, 乾地黄, 山茱萸,山薬,沢瀉,茯苓,牡丹皮,桂枝,附子と,以上の八昧からできておりますので、八味丸といわれておりますが,これを練蜜で丸としたものであります。

 これの目標は,腰から下が何となく力が抜けているような感じがする,したがって膝がガクガクしたり,転ひややすかったりして,時には腰が痛むというようなこともあります。足が,夏はほてり,冬は冷えて,精力が減退したり,小便の出方がひどく多かったり,逆に少なかったりしまして,夜間尿の回数が多い,という症状があります。喉が渇き,時に軽いめまいや肩こりがあるというととがあります。以上のような自覚症状がありまして臍を境として,上下の腹力がかなりはっきりと異なる,すなわち上腹部に比べて下腹部の腹力が落ちている,というような他覚症状が揃っていましたら,これはまちがいなく八味丸の証であります。老人性白内障の95%までがこの状態を呈するのであります。したがって「老人性白内障という診断がついたらすなわち八味丸」と考えても,そう大きなまちがいではないわけであります。  事実,一時期の間,私は老人性白内障と診断がついた患者全部に,漢方的診断を略して八味丸のみを投与したことがありました。その統計が先ほど述べた調査結果であります。本方は,胃腸の弱い人が服用しますと,胃がもたれたり,食欲がなくなったりすることが稀にあるのです。しかし,中には,本方を服用しでかえって胃の調子がよくなった,という例もありますから,本方によって弱い胃がますます悪くなるとは一概にはいえないようであります。 また老人性白内障の患者で胃腸の弱いような人は,心下部に抵抗と圧痛が中等度以上にありまして,人参湯の証を呈している場合が多いのであります。このような場合には人参湯エキスを4g, 八味丸または同丸エキスを4gとして与えますと, 胃腸も整い,白内障もよくなるということがかなり多いのであります。 なお,実証の大柴胡湯の証を呈しておりながら,腹候で明らかに前述の八味丸の腹部症候を呈するという場合もあります。このような時は,大柴胡湯または同湯エキスを服用させながら,夕刻に八味丸または同丸のエキス剤を服用させるというふうにするとよいのであります。このような複雑な状態を,陰陽錯雑,虚実混淆の証と名づけますが,このような複雑な状態も時には認められることがあるのであります。

 次は人参湯:人参,甘草,白朮,乾姜から成っておりますが,本方の目標は,心下部がもたれたり,痛んだりしやすし下痢の傾向があり,手足が冷えやすい,薄い唾が口にたまりやすかったり,逆に口中がカラカラlと乾燥したりします。また他覚的には,腹力は全体的に中等度以下でありますのに,心下部だけに中等度以上の抵抗と圧痛があるというようなものであります。これらの自他覚症状があれば本方がよい場合があります。 私の経験では,本方証と八味丸証とが一緒に現われているという場合がかなり多いのでありますが,このような場合には,人参湯エキスを4g, 八味丸または同丸のエキス4gを兼ね用いるのがより効果的であります。

仮性近視の治療

次に仮性近視について申し上げます。本症はもともとが調節筋の異常緊張でありますから,いわばコムラ返りのようなものであります。手足の筋肉のコムラ返りならば,もみほぐすことなどによって元に戻すことなどができますが,眼内の調節筋ではそういうわけにはいきません。 そこで遠近を交互に凝視させる水晶体の体操療法とか,異常緊張を強引にほぐしてしまう散瞳剤の点眼療法といったものが,この治療として行なわれているわけであります。しかし,このような局所的な治療は,近業によって調節筋の異常緊張が起こりやすいという,その個体の基礎的な傾向までをも治すというわけにはいきません。したがって,治療を中止すれば再発するというケースが少なくないのであります。 そこへいきますと,漢方は全身に現われている自他覚症状一一これは体の内部から発せられる種々の生きた信号(vitalsign)でありますが,これを整理することにより,生体が異常を起こしてきた際に呈する数多くのパターンの中のいずれであるかを察知するわけでありまして,そしてそのパターンに合致した薬方をあてはめるわけであります。  このような経験医学でありますから,調節筋の異常緊張という微小な局所の異常で、も,むろん全身的なものとして考え,診察し,そして治療するわけであります。そのようなわけで,一種の根治療法と考えてよいでありましょう。そのためか,漢方によって本症を治療した後,半年ごとに数回にわたって視力検査をしていってみますと,再発する例がきわめて少ないのを知ったのであります。

さて,本症には次のような薬方が用いられます。

まず実証の場合,第ーに大柴胡湯であります。本方の投剤目標は白内障のところですでに述べましたが,学童や中・高校の生徒の場合には自覚症状はせいぜい便秘の傾向ぐらいで,あとは充実した腹力と心下痞硬(心下部の抵抗と圧痛〉と,胸脇苦満がかなり強いという腹部症候で決めることが多いのであります。 次に小柴胡湯:柴胡,半夏,生姜,黄芩,大棗,人参,甘草から成っておりますが,これは肩がこりやすい,起床時に口が苦かったり,ねばついたりしやすい,歯を磨く時に吐き気がしやすいなどの自覚症状があり,心下痞硬と胸脇苦満が中等度にある,という状態を目標にして本症に応用します。前方の場合と同じく,学童や生徒に用いる時には腹侯のみで決定することが多いのであります。

次は虚実閣の場合(虚証,実証の閣の状態〉であります。 まず柴胡桂枝湯: 柴胡,半夏,桂技,黄芩,人参,芍薬,生姜,大棗,甘草から構成されておりますが,自覚症状は前述の小柴胡湯とほぼ同じで,それに加えてのぼせる傾向,上半身の発汗傾向があります。他覚症状としましては,腹力,脈力ともに小柴胡湯よりはやや弱くて,心下痞硬や胸脇苦満もまた小柴胡湯よりはやや軽いという場合の本症に用います。 次は柴胡桂枝乾姜湯(略して柴胡桂姜湯)これは柴胡, 桂枝,瓜呂根,黄芩,牡蛎(カキの殻), 乾姜, 甘草から成っていますが,本方は虚実間というよりは,虚証に近い薬方であります。自覚症状は前述の柴胡桂枝湯とほぼ同じでありますが,首から上に発汗傾向があり,憂うつ,寝つきが悪いなどの軽度な神経症状があるととが多いという点が異なっております。また腹候では,柴胡桂枝湯に比べて腹力,心下痞硬,胸脇苦満のいずれもが柴胡桂枝湯より軽症で,かつ臍上または臍下一横指ぐらいのところに腹大動脈の拍動を触知します。こういう点で柴胡桂枝湯と異なっております。 以上の症状のある本症に用いてよい場合があります。 今述べました四つの薬方は,みな柴胡が主薬となっておりますが,このように柴胡が主薬となってできている薬方を,一口に柴胡剤と称します。 三番目には苓桂朮甘湯:茯苓,桂技,白朮,甘草から成っていますが,起立性の眩暈(立ちくらみ〉が起きやすく,のぼせ,頭重,動悸などの傾向があって,小便の出方が少なかったり,時には回数がかえって多くなったりするというような,尿利の異常が起きやすい傾向がありまして,とれはすなわち起立性調節障害とほとんど同じ状態ですが,こういう症状があり,上腹部に振水音を認めることが多い,といった場合の本症に用いてよいのであります。 本症のほぼ4割に本方の証を認めます。ただし,同時に前述した諸種の柴胡剤の証をも兼ねて起こしていることが多いものですから,そのような場合には,両者を合方して用いると一層効果があがります。私の場合はむしろそのような用例の方が多いのであります。 次は五苓散料(五苓散を煎じ薬として用いる) :沢瀉,猪苓,茯苓,白朮,桂枝から成りますが,喉が渇いて汗が出やすく,小便の出方が少ないという自覚症状があり,脈力,腹力ともに中等度よりはやや弱い,という状態の本症に用いてよいのであります。これまた本症の約4割に本方の証を認めます。ただし,前述の苓桂朮甘湯の場合と同じように, 諸種の柴胡剤の証を兼ね発することが多いのであります。私はよく両者を合方して用いる場合が多いのであります。 次に虚証の場合として,小建中湯:桂枝,生姜,大棗,芍薬,甘草,膠飴から成りますが,これは血色がすぐれない,鼻血が出やすい,疲れやすい,腹痛を起こしやすい,動悸がしやすい,手足がほてりやすい,などの自覚症状があり,脈力,腹力ともに弱く,左右の腹直筋のみがまるで2本の棒を立てたように強くピンと張っている,というような腹候がある場合の本症によく効くととがあります。以上の薬方を選び用いることによって,仮性近視は大変よく治るのであります。

色素性網膜炎の治療

次に色素性網膜炎について申し上げます。本症はその8割までが,いとこ同士の結婚の結果,その子供に起こっており,約2割 は原因不明で起こっております。結局はその大部分が失明に終わるという重大な病気でありますが,現代の眼科学をもってしては,まだ治すことができないわけであります。しかしこれを漢方的に治療しますと,進行を停止させるどころか,もしそれが若年者であるならば,視力も視野も,時にはほぼ正常にまで回復させることができます。きっと,信じられない話,と考えられる向きも多いことと思いますが,事実はあくまでも事実なのであります。 まず最も顕著な1例を述べてみましょう。その例は,初診時小学校2年の学童でありましたが,この学童が小学校に入る場合に,仙台の大学で視力障害も視野障害も大変に重いから,普通の学校よりも特殊学校に行った方がよいというふうにいわれました。それでびっくりして東京に越してきまして,あちこちの大学の眼科をまわりましたが,どこでも同じような診断を受けたわけであります。 そういうわけで,それではこの子を漢方で治療してみようということで拝見したわけであります。初診時の視力は右が0.1, 左が0.2で,眼鏡不応,視野も非常に狭いということでありましたが,これを診察しますと柴胡桂枝湯の症状がありましたので,これを中学校の2年まで飲みました。そしてついに視力が1.2, 視野はほぼ正常というふうになった例であります。用いる薬剤は大部分が柴胡剤であります。 以上,いくつかの視力障害を伴う疾患について,その漢方治療を申し述べました。

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